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| 1.ペリー来航の目的 | 5.日米和親条約 |
| 2.黒船と日本人 | 6.日米の贈り物とレセプション |
| 3.ペリーのプロフィールと交渉術 | 7.ペリーの日本人観と黒船来航後の変化 |
| 4.日本側の対応 | 参考文献とウェブサイト |
1852年11月24日、東インド艦隊司令長官を命ぜられたペリー提督は日本へ向けてアメリカ、ノーフォークを出港しました。大統領フィルモアからは、日本との国交樹立に向け交渉開始の指揮を取るよう訓令を受けていました。大西洋を横切り、アフリカ南端の喜望峰を回り、インド洋に出て香港へ寄航。その後、琉球(今の沖縄)を経由して226日という長い船旅の末、日本に着きました。そのような苦労をしてまで、ペリーが日本に来た理由はなんだったのでしょう。
当時の日本は、1624年にイスパニア船の来航を禁じて以来、ポルトガル、イギリス船の来航も相次いで禁じ、鎖国体制を取っていました。日本人が国外に渡航することだけでなく、外国にいる日本人の帰国も禁止されました。対外交渉の窓口は長崎、鹿児島、対馬、松前の4つに限定され、オランダと中国の2国のみが長崎に入港することが出来ました。海外の情報は非常に限られており、オランダと中国の商人達を通してのみ伝えられていました。
ペリー提督(マシュー・ガルブレイス・ペリー)は、1794年4月10日、アメリカ、ロードアイランド州ニューポートで生まれました。商船の船長の父と、海軍士官の兄を持つペリーは、14歳で海軍士官候補生になりました。多くの戦功を立てて実績を積み、1852年に東インド艦隊司令長官として日本遠征の命を受けます。そして、1853年に来日し翌54年には日米和親条約の締結を成し遂げました。1855年に帰国し、遠征についての記録「アメリカ艦隊の中国海域および日本遠征記」をニューヨークで出版し、大ベストセラーになりました。しかし、1858年3月4日に心臓発作のため63歳で永眠しました。
幕府はなるべく時間稼ぎをしようとして、初めは長崎へ回航するよう要求しましたがペリーは聞き入れず、江戸湾深く入って測量を続けました。脅威を覚えた幕府はとりあえず国書を受け取る決定をしました。浦賀奉行所の役人と、ペリーの部下である艦隊のブキャナン、アダムス両艦長との予備折衝を経て、来航6日目に浦賀に近い久里浜の接待所で、和親、通商、燃料と食料の確保、海難捕鯨船員の保護を求める内容の国書授与式が行われました。ペリーは、もっと大規模な艦隊を率いて翌年再び来航することを約束し、その折には理性と友好に満ちた交渉開始が実現することを期待すると述べて、いったん浦賀を出航しました。
翌年の1854年2月、香港でこの時を待っていたペリーは、最新の蒸気軍艦ポーハタン号を旗艦とした7隻の軍艦という大陣容で、再び来航しました。今度は浦賀沖ではなく江戸湾内へ入港し小柴村沖に錨をおろして幕府にプレッシャーをかけました。幕府は横浜村を会見地にしたいと申し入れ、ペリーとの交渉がスタートしました。
交渉がまとまる見通しがたった頃、日米の贈り物の交換が行われました。
ペリーは寺子屋や藩校などで学ぶ日本人の教育水準の高さに驚きました。そして、礼節を尊び、教養の高い日本人に好感を持ちました。また、日本の職人の技術の高さは世界のどの職人にも劣らないものであり、国民の発明力がもっと自由に発揮されれば世界の最も進んだ産業国に肩を並べる日も遠くないだろうと予言しました。また、日本人は進取の気性に富み好奇心も旺盛で、先進国の文化を容易に吸収できるだろう、とも述べる反面、当時の幕府の危機管理能力の欠如も指摘していました。・足立和 「ペリー艦隊・黒船に乗っていた日本人―『栄力丸』17名の漂流人生」
(徳間書店、1990年)
・石井寛治「体系 日本の歴史」『12 開国と維新』
(小学館・1989年)
・井上光貞、永原慶二他「日本歴史体系」『12 開国と幕末政治』
(山川出版社、 1996年)
・加藤祐三「黒船前後の世界」
(岩波書店、1985年)
・加藤祐三「黒船異変―ペリーの挑戦―」
(岩波書店、1988年)
・笠原一男、児玉幸多編「日本史こぼれ話」
(山川出版社、1993年)
・フォスター・リーア・ダレス著、桜田方子他訳「さむらいとヤンキー」
(読売新聞社、1969年)
・NHK「歴史への招待 第20巻―黒船襲来」
(日本放送出版協会、1989年)
・濱屋雅軌「日本開国―ペリーとハリスの交渉」
(高文堂出版社、1986年)
・濱屋雅軌「日米関係の原点―ペリーに関する研究―」
(高文堂出版社、1992年)
・平尾信子「黒船前夜の出会いー捕鯨船長クーパーの来航―」
(日本放送出版協会、1994年)
・増田弘、木村昌人編「日本外交史ハンドブック 解説と資料」
(有信堂、1995年)
・宮永孝 「ペリー提督―日本遠征とその生涯」
(有隣新書、1981年)
・横浜開港資料館編「横浜・歴史の街かど」
(神奈川新聞社、2002年)
・了仙寺宝物館編「黒船―ペリーと日本がみた異文化」
(2000年)
・了仙寺ホームページ「了仙寺・下田開港150年」
http://www.izu.co.jp/~ryosenji/9shimoda150.htm
・The Japan Society of San Diego and Tijuana
"150th Anniversary Between the U.S. and Japan"
http://www.japan-society.org/commodoreperry.html
・京都守護職会津藩/御陵衛視とその時代
「開国前夜(1)」
http://bakumatu.727.net/bakumatu/tuushi0-kaikokumae.htm
「開国前夜(2)」
http://bakumatu.727.net/bakumatu/tuushi00-yokoku.htm
「開国(1)ペリーの浦賀来航」
http://bakumatu.727.net/bakumatu/tuushi1-kaikoku.htm
「開国(2)日米和親条約と安静の幕政改革」
http://bakumatu.727.net/bakumatu/tuushi1a-kaikoku.htm
※このページで紹介しているホームページアドレスは2004年7月現在のものです。